君を探してた
            氷高颯矢
 
庭に植えるための新しい花木を鉢植えで購入して、意気揚揚と家へ帰る。今日応対してくれた花屋の店員は新しいアルバイトの人で、彼、七地翼が花屋の常連であり、ガーデニングが趣味だという事は知らなかった。そこで、誰かへのプレゼントだと思われたのか、綺麗にラッピングまでしてくれた。そんなプレゼント仕様の鉢植えを携えた彼は、傍から見るとデートにでも行くように見えたに違いない。だが、実際はデートな筈もなく、家に真っ直ぐ帰って購入したばかりの鉢植えを植え替えるのだ。多少浮かれ気味だった彼は、前を良く見ていなかった。角を曲がった瞬間、衝撃があった。
「わっ…!」
「きゃっ…!」
 ぶつかってその場に尻餅をつく。
「痛ってぇ…」
 ぶつかった相手は同じ年くらいの女の子だった。長い髪で華奢なその少女の顔を何気なく見た。

――息を呑む。瞬間、落ちた…。

 少女はさして気にせずスカートを叩きながら立ち上がる。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
ボーっとしている俺を心配して見ている…彼女。
「…っ、ごめん。俺の方こそボーっとしてて…」
立ちあがって改めてその顔を見る。そこに居たのは夢に描いていた彼女そのものだった。
「怪我とかありませんか?――あっ!」
「えっ?」
「ごめんなさい。折角の鉢植えが…」
 言われて手に下げていた袋がない事に気が付く。視線を地面に向けると、無残な姿の鉢植えが転がっていた。
「どうしよう…あの、どなたかへのプレゼントだったりします?私、弁償します!」
「――いいんだ!どうせ、これ家で庭の土に植え替えるつもりだったし、植木鉢は割れちゃったけど、別に必要ないし…」
「あの、でも…」
 申し訳なさそうな顔をする彼女に笑いかける。
「大丈夫、これくらいでダメになったりしないよ。心配ならこれを植え替えるの手伝ってくれる?俺の家、すぐそこなんだけど…」
「はい。私で良ければ…」
 ホッとしたのか笑みが零れる。花が咲き零れるような笑顔に見惚れる。
「えっと、俺は七地、七地翼って言うんだけど…君は?」
「私は冬月璃都って言います」
「冬月…もしかして、琴音先生の…?!」
 すると、彼女の表情が明るくなった。
「琴音ちゃんの事、知ってるの?」
「…うん。仲良くしてもらってる。放課後に一緒にお茶飲んだり、ね…」
曖昧な笑みを作る。
「そう…良かった!ちょっと心配だったの。琴音ちゃんって結構、引っ込み思案な所あるから…」
「仲良さそうだね」
「従姉妹なんだけど、むしろ姉妹って感じなの。これからは一緒に暮らすのよ。すごく嬉しくて…」
 夢中で喋っている事に気付いて璃都は紅くなった。初対面なのに、七地に対してこんなに打ち解けて喋っている自分にも驚いていた。
「…何だか変な気分。七地さんとは今日初めて会ったのに、昔から知ってるような…ううん、どこかで会った事があるような不思議に懐かしい、そんな気がするの。私、変ですよね?」
 鼓動が早くなる。少し前を行く七地が立ち止まる。大きく古い門構え、純和風の佇まいの屋敷。表札に『七地』と記されている。
「…変じゃないよ。変だなんて思わない。…着いたよ、庭はこっち」
 七地の後に続いて門をくぐる。屋敷の裏手に回る。そこは異世界だった。
「似合わないでしょ?和風の家の中に薔薇園なんて…」
 ピンク色の薔薇が咲き乱れている。
「昔は畑だったんだけど、潰しちゃって空き地みたいになってたんだ。そこに薔薇を植えた始めたのは俺なんだ。一見、薔薇園なんだけど他にも色々植えてる。奥にはハーブ専用の場所もあって、料理には重宝してるよ」
「…私、こんな景色を見た事があるような…」
 ポロポロと涙が真珠のように頬を飾る。
「懐かしい…」
「俺は、君を探してたんだ。多分、今日君に会ったのは偶然じゃないと思う…」
 璃都は七地の目を見つめる。
「じゃあ、何故?」
「――運命だと、思っても良い?」

――風が二人の間を通りすぎた。薔薇の香りがあたりに広がる。

「――はい…」

頷く彼女、言葉なんか要らない。
抱きしめたこの身体の温もりを、確かに自分は知っている。
もう二度と失いたくない。
今度こそ、君を守る…。


新キャラ登場です!
こんなあっさり翼と出会うなんて誰が予想できたでしょう?
僕もこんなご都合主義はないよね!…と、
思いながら、つい書いてしまいました。
このシリーズはパズルみたいな造りで行こうと思っているので、
結構、ストーリーがぷっつり切れてしまいます。
最後まで読めば全体が見えてくる。
そんな小ネタ的小説です。

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